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第110話 神話を売れる家

last update publish date: 2026-05-21 17:42:26

 拍手が、しばらくやまなかった。

 最後のルックが戻り、音が落ちてもなお、会場の熱だけが残っている。客席から押し寄せる拍手は、賞賛というより、まだ冷めない欲と恍惚が手のひらからこぼれる音に近かった。

 勝った。

 まだ誰も口にしていないのに、空気の方が先にそう言っていた。

 その瞬間、まっ先に怜司の顔が浮かんだ。

 見ていたなら、分かったはずだ。

 私が渡さなかった熱が、どんな形で会場を奪ったか。

 褒めてほしいわけじゃない。

 ただ、その目で欲しがってほしかった。

 社長としてではなく、男として。

 そう思った瞬間、膝が少し笑いそうになった。終わるまで立っていた緊張が、今さら遅れて身体へ戻ってくる。

 スタッフの足音は慌ただしい。でも、その慌ただしさの奥に、隠しきれない高揚が混ざっていた。

「白川さん」

 クレールが駆け寄ってくる。

 頬が赤い。

 いつもよりずっと興奮した顔で、タブレットを押しつけるように差し出した。

「もう出てる」

 画面には速報記事が並んでいた。

 写真つきの短評。

 海外メディアの即時レビュー。

 投資系の速報欄。

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     音が切り替わった。  それだけで、会場の空気が変わる。前半の余韻に浸りかけていた客席が、もう一度息を止めるのが分かった。《La Distance de l’Amour(愛の距離)》で引き寄せた視線が、まだほどけきっていない。  だからこそ、次に落ちるものは強い。  私はセラフィナの前に立つ。ローブはもう開いている。その下にある《L’amour et la jalousie(愛と嫉妬)》は、さっきまでの前半とはまるで違う顔をしていた。  同じ物語の続き。でも、戻れない。  愛したまま待っていた女が、そこで終われずに奪い返しにいく服。  セラフィナが私を見る。何も言わない。でも、その目だけで十分だった。  行くわよ。  そう言っている。  私は背中のラインへ最後に指を入れた。ずれはない。甘さももうない。残っているのは、欲しがったまま手放さない意志だけだ。  佐伯が少し離れた場所から低く言う。 「ここで優しくしたら終わりよ」 「しません」  即答だった。クレールが息を呑む気配がする。でも、もう誰も止めない。ここまで来たら、綺麗にまとめる方が敗北だ。  セラフィナがゆっくり顎を上げた。母の残像をなぞるための角度じゃない。それを踏み越えるための顔だ。その瞬間、ぞくりとした。  この女もまた、本気で全部を奪いにいっている。ルミナス・ガラ。母の神話。自分の名前。私とは違うものを欲しがっているのに、向いている方向だけは同じだった。だからこそ、ここまで来られた。  スタッフが合図を出す。  出番だ。  私は一歩下がる。  セラフィナが、暗い舞台袖から光の方へ踏み出した。  最初の一歩で、空気が裂けた。さっきの前半みたいな、静かな吸引じゃない。もっと直接的で、もっと危ない。  会場の視線を、奪う。  そうとしか言いようのない歩き方だった。  細いランウェイの中央へ、セラフィナの身体がまっすぐ進んでいく。《L’amour et la jalousie(愛と嫉妬)》は、その歩みに合わせて揺れるというより、噛みつくみたいに空気を切っていた。  腰の線。脇の落ち方。胸元に残したぎりぎりの余白。  すべてが「見て」とは言わない。見ないでいられるなら見ないでみろ、と挑発している。  客席のどこかで、はっきり息を呑む音がした。続いて、押し殺したざ

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  • 極貧デザイナーの私が、冷徹CEOに溺愛されるなんて!?   第107話 私はすべてを奪う

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